令和6年(2024年)4月1日に「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律」が施行され、「就労選択支援」という新しい制度が創設されました。
就労選択支援という制度を具体的に提供する機関が「就労選択支援事業所」です。
本稿では、就労選択支援事業所について、その要件、手続き、サービス内容、支援体制、質の確保、監督に関する規定、最新の動向や情報などを分かりやすくご説明したいと思います。
就労選択支援の概要
近年、障害者雇用の促進が社会的に重要視されています。
障害者総合支援法に基づく就労支援サービスは、障害のある方が一般就労へ移行し、自立した生活を送るために重要な役割を担っています。
就労移行支援や就労継続支援などの就労支援サービスは、それぞれの特性や強みに合わせて多様な選択肢を提供しています。
しかし、利用者にとってどのサービスが最適なのか、自身の状況や希望に合致した選択をすることは容易ではありません。
そこで、2024年4月から新たに創設されたのが「就労選択支援」です。
就労選択支援は、利用者一人ひとりのニーズや希望に合わせた、 個別性の高いサービス であることが大きな特徴です。
従来の就労支援サービスのように、画一的な支援を提供するのではなく、利用者の状況を丁寧にアセスメントし、最適な選択肢を共に探していくことを目指しています。
これは、障害者雇用において、利用者主体の支援と選択を重視する大きな転換点と言えるでしょう。
法的な定義
就労選択支援とは、法律上、以下のように定義されています。
「就労選択支援」とは、就労を希望する障害者又は就労の継続を希望する障害者であって、就労移行支援若しくは就労継続支援を受けること又は通常の事業所に雇用されることについて、当該者による適切な選択のための支援を必要とするものとして①主務省令で定める者につき、短期間の生産活動その他の活動の機会の提供を通じて、就労に関する適性、知識及び能力の評価並びに就労に関する意向及び就労するために必要な配慮その他の②主務省令で定める事項の整理を行い、又はこれに併せて、当該評価及び当該整理の結果に基づき、適切な支援の提供のために必要な障害福祉サービス事業を行う者等との連絡調整その他の③主務省令で定める便宜を供与することをいう。
厚生労働省:就労選択支援に係る報酬・基準について≪論点等≫
就労選択支援の目的
就労選択支援の目的は、以下の2つに大別されます。
- 働く意欲や能力のある障害のある人が、自分自身で就労選択できるよう必要な支援を考えるサポートをする。
- 就労継続支援を利用して能力が向上した人に、就労移行支援や一般就労など次のステップへ進む選択のサポートをする。
就労選択支援は、利用者が 主体的 に就労先や働き方を選択できるよう支援することに重点を置いています。
就労選択支援の対象者
就労選択支援の対象となるのは、以下の条件を満たす方々です。
- 就労移行支援・就労継続支援を受けている、もしくはこれから利用したい方
- 現在、就労移行支援・就労継続支援を利用している方
- 障害がある方
- 難病認定を受けている方
就労継続支援B型を利用する意向のある方は、原則として、利用申請前に就労選択支援を利用することになります。
ただし、すでに同様のアセスメントを受けている場合や、本人の事情により就労選択支援の利用が困難な場合は、この限りではありません。
※「就労選択支援」全般に関しましては『就労選択支援とは』で詳しくご説明していますので、ご参照下さい。
就労選択支援事業所の要件
就労選択支援事業所として指定を受けるためには、以下の要件を満たす必要があります。
- 就労移行支援又は就労継続支援に係る指定障害福祉サービス事業者であること
- 過去3年以内に3人以上の利用者が新たに通常の事業所に雇用された実績があること
- 都道府県知事が認める、障害者に対する就労支援の経験及び実績を有する事業者であること
具体的には、以下の事業者が実施主体となります。
- 就労移行支援事業所
- 就労継続支援事業所
- 障害者就業・生活支援センター事業の受託法人
- 自治体設置の就労支援センター
- 人材開発支援助成金(障害者職業能力開発コース)による障害者職業能力開発訓練事業を行う機関
- これらと同等の障がい者に対する就労支援の経験及び実績を有すると都道府県等が認める事業者
さらに、就労選択支援事業所の人員配置に関する要件として、以下の点が挙げられます。
- 管理者:原則として、管理業務に従事する者(管理業務に支障がない場合は他の職務の兼務可能)
- 就労選択支援員:常勤換算で「利用者数」を15で除した数以上配置。「就労選択支援員」は、『就労選択支援員養成研修』(令和7年度開始予定)を修了していること(経過措置あり)。『就労選択支援員養成研修』の受講要件として、基礎的研修(令和7年度開始予定)や一定の経験が必要。就労継続支援事業と一体的に就労選択支援を実施する場合には、職員の兼務が可能。
就労選択支援事業所の指定を受けるための手続き
就労選択支援事業所の指定を受けるためには、都道府県知事への申請が必要です。
申請手続きは、以下の流れで行われます。
- 申請書類の作成・提出
- 都道府県による審査
- 指定の可否決定
- 指定書の交付
具体的な申請書類や手続きについては、各都道府県のホームページなどで確認できます。
就労選択支援員養成研修
障がいのある方ご本人が就労先・働き方についてより良い選択ができるように、就労選択支援の質を担保する必要があります。
そのため、就労選択支援員の要件として「就労選択支援員養成研修」を令和7年度からの開始に向けて検討を進められています。
ただし、養成研修開始当初は十分な研修機会が得られない可能性があることを踏まえ、
経過措置として養成研修開始から2年以内に受講を修了すればよい。※就労選択支援員養成研修開始から2年間は、基礎的研修又は基礎的研修と同等以上の研修の修了者を就労選択支援員とみなす。
就労選択支援員養成研修の受講要件
就労選択支援員養成研修の受講要件としては、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構等が実施する基礎的研修(令和7年度開始予定)を修了していることや就労支援に関して一定の経験を有していることを要件とすることを検討されています。
基礎的研修の実施状況を踏まえ、当面の間(令和9年度末までを想定)は、現行の就労アセスメントの実施等について一定の経験を有し、基礎的研修と同等以上の研修の修了者でも受講可能とすることも検討されています。
*基礎的研修と同等以上の研修については、以下を想定されています。
- 就業支援基礎研修
- 就業支援実践研修
- 就業支援スキル向上研修
- 職場適応援助者養成研修
- 障害者就業・生活支援センター就業支援担当者研修
- 障害者就業・生活支援センター就業支援スキル向上研修
- 障害者就業・生活支援センター主任就業支援担当者研修
- サービス管理責任者指導者養成研修専門コース別研修(就労支援コース)
就労選択支援事業所が提供するサービスの内容
就労選択支援事業所では、利用者に対して以下のサービスを提供します。
- 就労選択支援サービスの提供
- 作業場面等を活用した状況把握や、本人の強みや特性、課題を整理
- 多機関連携によるケース会議
- アセスメント結果の作成し、本人や家族、関係者等と共有
- 事業者等との連絡調整
- 利用者に合った就労支援の種類を理解するためのサポート(例:就職活動の支援、面接対策、職場での合理的配慮など)
- 関係機関との連絡調整
- その他の便宜の供与
就労選択支援は、短期間のサービスであるため、個別支援計画の作成は不要です。
【サービス内容1】就労選択支援事業所の利用者に対する支援
就労選択支援事業所は、利用者一人ひとりの状況に合わせて、きめ細やかな支援を提供します。
就労選択支援員は、専門的な研修を受け、就労支援サービスや労働市場に関する深い知識を持っています。
また、利用者の適性や能力を的確に把握するためのアセスメント手法も習得しています。
- アセスメントの実施: 利用者の就労に関する適性、知識、能力、意向などを評価します。
- 情報提供: 就労に関する情報提供や助言・指導を行います。地域の雇用事例や就労支援に係る社会資源などの情報提供も含まれます。
- ケース会議: 利用者、家族、就労選択支援員、そして必要に応じて就労移行支援事業所や就労継続支援事業所の担当者、ハローワーク、障害者職業センターなどの関係者が参加するケース会議を開催し、それぞれの視点から情報を共有し、連携した支援体制を構築します。
- 関係機関との連携: 就労移行支援事業所、就労継続支援事業所、ハローワーク、障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターなどと連携し、利用者にとって最適な支援を提供します。
- 計画相談支援事業所との連携: 利用者の自立した生活や将来の能力の向上を図るため、計画相談支援事業所と連携します。
【サービス内容2】就労選択支援とその他のサービス
就労選択支援は、就労移行支援や就労継続支援などの就労支援サービス、そして一般就労への移行を支援する上で、重要な役割を担っています。
- 就労移行支援・就労継続支援との連携: 就労選択支援は、就労移行支援や就労継続支援を利用する前段階のサービスとして位置付けられています。就労選択支援を通じて、利用者は自身の状況や希望に合ったサービスを選択することができます。
- 一般就労への移行支援: 就労選択支援は、一般就労を希望する利用者に対して、求人情報の提供や応募書類の作成支援、面接対策など、就職活動に必要なサポートを提供します。また、職場実習のタイミングで就労選択支援を実施することも可能です。
【サービス内容3】移行とフォローアップ支援
就労選択支援事業所は、利用者が選択した進路に移行した後も、継続的な支援を提供します。
- 紹介・調整: 就労移行支援や就労継続支援などのサービス利用を希望する場合、就労選択支援事業所は適切な事業所への紹介や調整を行います。
- フォローアップ: 一般就労を選択した場合、就労選択支援事業所は、職場定着に向けたフォローアップ支援を行います。
就労選択支援事業所の質の確保のための取り組み
就労選択支援事業所の質の確保のため、以下のような取り組みが行われています。
- 指定基準の遵守: 就労選択支援事業所は、都道府県が定める指定基準を遵守する必要があります。
- 中立性の確保: 就労選択支援事業所は、特定の事業所やサービスへの誘導を行うことなく、中立的な立場で利用者を支援することが求められます。具体的には、以下の仕組みが導入されています。
- 自法人が運営する就労系障害福祉サービス等へ利用者を誘導しない仕組み(介護保険法の居宅介護支援における特定事業所集中減算のような仕組み)
- 必要以上に就労選択支援サービスを実施しない仕組み(本来の主旨と異なるサービス提供の禁止)
- 障害福祉サービス事業者などからの利益収受の禁止
- 本人へ提供する情報に偽りや誤りがないようにするための仕組み(多機関連携によるケース会議)
- 自己評価・利用者評価: サービスの質の向上を図るため、事業所による自己評価や利用者による評価を実施します。
- 第三者評価: 客観的な視点からサービスの質を評価するため、第三者による外部評価を活用します。介護分野における運営推進会議による事業者の運営状況の評価を障害福祉サービスに導入することも検討されています。
- 研修: 就労選択支援従事者に対する研修を実施し、質の高いサービス提供を確保します。就労選択支援員養成研修では、就労アセスメントの手法、利用者のニーズ把握、関係機関との連携などに関する知識や技術を習得します。
- 情報公開: サービス内容や利用料金などの情報を公開し、利用者の選択を支援します。
就労選択支援事業所の監督に関する規定
就労選択支援事業所は、都道府県知事の監督を受けます。
監督の内容としては、以下のものがあります。
- 報告徴収: 事業所は、都道府県知事から、事業の運営状況に関する報告を求められることがあります。これは、サービスの質や利用者の権利が適切に守られているかを確認するために行われます。
- 立入検査: 都道府県知事は、必要に応じて、事業所に立ち入り、帳簿や書類などを検査することができます。立入検査は、事業所が法令を遵守し、適切なサービスを提供しているかを監督する上で重要な役割を果たします。
- 改善命令: 事業所が法令に違反している場合は、都道府県知事から改善命令が出されることがあります。改善命令は、利用者の安全や権利を守るために、事業所の改善を促すための措置です。
まとめ
就労選択支援事業所は、障害のある方が自分らしい働き方を選択し、社会参加を実現するための重要な役割を担っています。
就労選択支援を通じて、利用者は自身の強みや特性を活かした働き方を見つけることができます。
そして、経済的な自立や社会との繋がりを得ることで、より豊かな人生を送ることが可能になります。
就労選択支援事業所の導入は、障害者雇用における大きな前進と言えるでしょう。
今後、就労選択支援事業所が地域に根ざした支援体制を構築し、利用者一人ひとりのニーズに応じたサービスを提供していくことで、 害がいや性別、年齢などあらゆる多様性を認め、すべての人が公正に暮らすことのできる「共生社会」の実現に貢献していくことが期待されます。
その一方で、就労選択支援事業所の運営には、いくつかの課題も存在します。
例えば、サービスの質を維持するための十分な財源の確保、多様な関係機関との効果的な連携体制の構築、そして幅広いニーズに対応できる支援体制の整備などが挙げられます。
これらの課題を克服し、就労選択支援事業所がその役割を十分に果たせるよう、関係者全体の協力が不可欠です。
就労選択支援事業所の質の向上、関係機関との連携強化、そして持続可能な運営体制の確立に向けて、今後も様々な取り組みが進められるでしょう。